人はなぜ生きる

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イエスにまつわる話と題して〝近藤千雄著〟「霊的人類史は夜明けを迎える」から抜粋しました。
         ──キリスト教は地獄のような歴史を経て国教となったのです──




第三章 人類の狂気───異端審問と魔女裁判

  前章では、被征服国のユダヤ民族と、ユダヤ人霊覚者イエスの信奉者たちの集団を、ネロに始まる歴代の皇帝が迫害し続けた歴史をたどり、それがコンスタンチヌス大帝の時代に、一転してイエスをキリスト神の御子とする〝キリスト教〟がでっち上げられ、それがローマの国教とされるに至ったいきさつをのべた。

伝統的宗教というものを絶対視し、霊的真理の真実性に疑問を抱かない人、あるいは懐疑的になること自体が罪であると教えこまれている人は、こうしたコンスタンチヌスの行為を寛容精神の典型として賞賛こそすれ、西欧の暗黒時代の不吉な予兆と見なす意見には到底同意できないことであろう。

 しかし、本章が取り上げる異端審問と魔女裁判という、〝人類の狂気〟とも言うべき悪逆無道がほかならぬローマ・カトリック教とプロテスタント双方の聖職者によって行われたという歴史的事実を一切の偏見なしに直視すれば、それを生み出した数世紀間のキリスト教に不健全なものがあったと断ずるのが妥当ではなかろうか。それを私は二つの要素に分けて見てみたい。


〝しるしと不思議〟を忘れた身勝手な神学の罪悪

  イエスを絶対神キリストの唯一の御子とする説は、キリスト教かローマの国教となってから言われ始めたもので、イエス自身はそんなことは言っていない。ましてや、自分が十字架上で流す血によって自分を信じる者の罪が贖われるなどとは、冗談にも言っていない。

後世の神学者がそういう教義をこしらえたのである。これを〝ドグマ〟(独断的教義)という。モーゼスの 『霊訓』 に次のような一節がある。

 《われわれから見て許せないのは、神を見下げ果てた存在──わが子の死によって機嫌を取らねばならないような残忍非情な暴君に仕立て上げた幼稚きわまる言説である。

 もしも神が人間と縁のない存在であり、すべてを人間の勝手にまかせているのであれば、神が罪深き人間のためにわが子に大権を委ねて地上へ派遣した事実を否定することが、永遠の火刑もやむを得ない大罪とされても致し方ないかもしれない。

キリスト教会のある教派はイエスの贖罪について絶対的な不謬性を主張し、それを受け入れない者は、生きては迫害、死しては永遠の恥辱と苦痛の刑に処せられると説く。それはそなたたちのキリスト教会においても比較的新しい説である。

 が、すべてのドグマはこうして作られてきた。かくして、人間の理性のみでは神の啓示と人間のこじつけとを見分けることが困難、いや、不可能となる。同時にまた、その夾雑物を取り除かんとする勇気ある者が攻撃の的とされる。いつの時代にもそうであった。》


 バイブルにいう〝しるしと不思議〟というのは、人間知識と能力を超えた〝霊力〟の実在を見せつけたものであり、言うなれば、死後の世界の実在の証拠だった。スピリチュアリズムにおける心霊現象と同じである。

そしてイエスは、その死後の世界での幸せをもたらすのは、地位や名誉や財産ではなく人のために役立つことをすることだと説いた。神学のようなややこしい条件は述べていない。〝自分が他人からしてほしいと思うことは他人にも同じようにしてあげなさい〟という、マタイ伝に出てくる黄金律である。

 ローマの帝国とキリスト教との関わり合いをたどってみて私が痛切に思うことは、その歴史が不幸へ、悲劇へ、暗黒へと向かって行った最大の原因は、いま述べた〝しるしと不思議〟の真意を理解せず、自分に都合のよい教義、

いわゆるドグマをこしらえて、それを権力の拡大のための道具とし、イエスの説いた黄金律などクソ食らえといった風潮で押し通していったところにある。それがやがて〝聖職〟という美名もとでの、およそ宗教とは正反対の悪徳の温床となって行く。それが私の指摘する二つの要素のうちの一つである。



  ・〝聖なるもの全てが逃げ去った〟聖職者の堕落と腐敗

 コンスタンチヌスの治世下でキリスト教を国教としたローマ帝国は、その後コンスタンチヌスがビザンチンのコンスタンチノープルに移り住むようになったことがきっかけで、東ローマ帝国と西ローマ帝国に分けられる。

それは同時に一〇五四年の東西両教会の大分裂へ向けての、教義上の下らぬ兄弟ゲンカの始まりでもあった。インペレーターも烈しい口調で次のように述べている。


  《地上のすべての民族に、それ相当の真理の光が授けられている。それをそれぞれの民族なりに最高の形で受け取り、それなりに立派に育て上げたものもあれば、歪められてしまったものもある。

いずれにせよ、結局はその民族の必要性に応じて変形されてきた。ゆえに、地上のいかなる民族といえども、真理の独占に誇り、あるいはそれを他民族に押し付けんとする無益な努力が許される道理はない。

地球が存在してきたかぎりにおいて、すべての宗教は───バラモン教もマホメット教もユダヤ教もキリスト教も───それ独自の特異な真理を授かってきたのであり、ただ、勝手にそれを真理の全てであると思い込んで、わが宗教こそ神の遺産の相続者であると自負したにすぎない。

 その過ちをもっと顕著に示しているのが、ほかならぬキリスト教である。教会こそ神の真理の独占者であると思い込み、地上全土にそのランプの光を持ち歩かねばならぬと信じていながら、その実、教会内部において対立する宗派が最も多いのもキリスト教であるという事実が、それを何よりも雄弁に物語っていよう。

教会内の分裂、その支離滅裂の教義、互いに神の愛を独占せんとして罵りあう狂気の沙汰の抗争、こうしたことはキリスト教こそ神の真理の独占者であるという愚かな自負に対する、絶好の回答である。

 それにしても、何という醜態であることか! 本来ならば神の本性を明らかにし、そうすることによって神の愛を少しでも魂に吹き込むべき神学であるもの・・・・・・ああ、それが事もあろうに宗派と分派の戦場と化し、児戯に類する偏見と見苦しい感情をむき出しにする不毛の土地と化し、神についての無知をもっともあらわにさらけ出し、神の本質と働きについて激しく非難し合う、わびしい荒地と化してしまうとは!

 神学! これはもはやそなたたちキリスト者の間でさえ侮蔑をもって語られるに至っているではないか。神についての無知の証ともいうべき退屈きわまる神学書は、見苦しい悪口雑言、キリスト者として最もあるまじき憎悪、厚顔無恥の虚言の固まりである。


 神学! 聖なる本能のすべてをかき消し、敵に向けるべき攻撃の手を同志に向け、聖者の中の聖者とも言うべき霊格者を火刑に処し、拷問にかけ、八つ裂きにし、礼遇すべきであった人々を流刑に処し、あるいは追放し、人間として最高の本能を堕落させ、自然の情緒をかき消すことを正当化するための口実としてきたではないか。

何たる悲しきことであることか。そこは今なお人間として最低の悪感情が大手を振って歩く世界であり、その世界から一歩でも出ようとする者を押し止めんとする。

 「退(サ)がれ、退がれ! 神学のあるところに理性の入る余地などあるものか!」 これが神学者の態度である。真摯な人間を赤面させる人間的煩悩のほとんどすべてがそこにあり、自由な思索は息切れし、人間はあたかも理性なき操り人形と化している。

本来ならば神のために使用すべき叡智を、その様な愚劣な目的のために堕落させてきたのである。》


 そうした宗派間の抗争とは別に、その抗争の土俵となっていたキリスト教会全体が、いつしか政治権力まで握っていたという事実を忘れてはならないであろう。森島恒雄著 『魔女狩り』 によると、法王権が最高度に伸びた時代の法王インノケンティウス三世は

 「聖職者の権力が世俗の権力にまさるのは、あたかも霊魂が肉体にまさるのにもひとしい。・・・・・・キリストの代理である法王は、なにびとをも裁き、かつ、なにびとにも裁かれない」

と宣言したという。コンスタンチヌスが得意の絶頂期にそう考えて、邪魔になった親族や下臣を虫けらのように死に追いやった事実を思い起こすべきである。

 ある司教は 「王侯の権力は教会に由来する。ゆえに王候は聖職者の下僕である」 と言った。またある司教は 「最下位の聖職者といえども王にまさる。諸侯とその人民は、聖職者の下臣である。それは輝く太陽に対する月にひとしい」 とも言っている。

 私には、これは権力を手中にした者がいつしか陥っていく驕(おご)りのパターンとしか思えないが、森島氏は、この優越感は彼らの独自の崇高な使命感で裏づけされていた、と好意的である。つまりキリストが啓示した真理を教え、救いの恩寵をわかち与えて、すべての子羊を永遠の 「神の国」 へ導いてゆく牧羊者───その牧師の至高の使命を果たしうる者は聖職者以外にはいないのではないかという使命感があったという。

 「ところが・・・・・・」 と森島氏も次のような、信じられないほどの聖職者の腐敗ぶりを述べている。

 「その聖職者たちは、そのころ、腐敗と堕落の底におちこんでいた。免罪符の売買は常識となり、霊魂の救済は金銭的取引によって行われ、聖餐礼、死者のための祈り、臨終の喜捨、その他あらゆる儀式礼典はその本質を失って形骸化した。聖職売買は普通のことであり、聖職者は情婦をもち、ざんげ室は女をたらしこむ密室であり、尼僧院は赤線区域となっていた。・・・・・・」

 私は、例によって、こうした退廃的堕落の背後に、霊界の暗黒集団、地上的快楽への妄想をいまだに断ち切ることができない低級霊が存在し、それが良識による判断の限界を超えた痴態へと発展させていったと見ている。

 それは現代でも同じことである。私が〝三大霊訓〟と呼んでいるモーゼスの 『霊訓』、 オーエンの 『ベールの彼方の生活』、 『シルバーバーチの霊訓』 の中でも特にしつこい邪霊集団の暗躍を指摘して警戒を呼びかけているのは、 『霊訓』 のインペレーター霊である。現代にもそのまま通じるものがあるので、煩をいとわず、いくつか抜粋してみよう。


 《今まさに新しい真理の普及のために、特別の努力がなされつつある。神の使徒による働きかけである。それが敵対者の大軍によるかつてない抵抗に遭遇している。世界の歴史は常に善と悪との闘争の物語であった。片や、神と善、片や、無知と悪徳と邪悪───霊的邪悪・精神的邪悪・物的邪悪───である。

そこで時として───今がまさにその一つの時期であるが───尋常ならざる努力がはらわれることがある。神の使徒が一段と勢力を強めて結集し、人間を動かし、知識を広める。恐るべきは真理からの逃亡者であり、生半可者であり、日和見主義者である。こうした人種に惑わされてはならぬ。が、神の真理ゆえに迷うことがあってもならぬ。》


───解ります。しかし何をもって神の真理とするか、この判断に迷う者はどうすればよいのでしょう? 真剣に求めて、なお見出せぬ者が多いのです。


 《切に求める者にして、最後まで見出せぬ者はいない。その道のりの長く久しい者はいるであろう。さよう、地上を去り高き界へ至ってようやく見出す者もいるかも知れぬ。神はすべてのものを試される。そして相応しい者にのみ真理を授けられる。

一歩進むにも、それ相当の備えがなされねばならぬ。それが進歩の鉄則である。適正あっての前進である。忍耐の必要なるゆえんである。》


───それは解るのですが、内部の意見の衝突、証拠を納得してもらえないこと、偏見、その他もろもろの要因からくる障害はどうしようもないように思えます。


 《そなたにそう思えるというに過ぎぬ。一体、何ゆえに神の仕事に抵抗しようとするのであろうか。もろもろの障害とな? われらが過去に遭遇した障害に比べれば、そなたたちの障害など、物の数ではないことをそなたは知らぬ。

かのローマ帝政の末期、放蕩と肉欲と卑俗と悪徳とに浸りきった地域から聖なるものすべてが恐れをなして逃げ去った、あの暗黒の時代にもしもそなたが生をうけておれば、悪が結集した時の恐ろしさを思い知らされたであろう。

 その非情さは絶望のそれであり、その陰気さは墓場のそれであった。肉欲ただの肉欲のみであった。天使はその光景を見るに忍びず逃げ去り、その喘ぎを和らげてやることなど、とても及びもつかなかった。

実に、あるのはただ不信のみ。否、それよりさらに悪かった。世をあげてわれらを侮蔑し、われらの行為をさげすみ、すべての徳を嘲笑い、神を愚弄し、永遠の生命をののしり、ただ食べて飲んで放蕩三昧の日を送るのみであった。

まさしく堕落しきった動物同然の生活であった。さほどの悪の巣窟さえ、神とその使者は見事に掃き清められたものを! ああ、そなたはわずかな障害を前にして、それを〝どうしようもない〟と嘆くとは! 》



 ・宗教は〝組織〟を持つと堕落する

 〝カトリック〟という用語はギリシャ語の Katolikos`現代英語の general ないし universal に相当する用語から来たもので、一般的ないし普遍的といった意味をもつ。

つまりローマ・カトリック教というのは、地上人類のすべてが帰依すべき宗教ということになる。当時のローマ帝国の支配力のすごさと思い上がりを物語っているが、その教会の主権者である教皇(法王)の権力が皇帝のそれをしのぐに至った時、教会の機構も次第にローマ政府と同じものになっていった。いわゆる聖職位階制組織(ヒエラルヒー)である。 

宗教上の儀式はもとより、法律、財政、学問、芸術等々に、あらゆる面がローマ教会の統治政策によって支配されるようになった。中世の封建制度は、取りもなおさずローマ・カトリック教会の支配機構にほかならなかった。

 が、ごく素直に考えてみて、神学という人工の虚構の上にあぐらをかいた組織が健全なものを生み出すはずはない。先に述べた聖職者の堕落という内部の腐敗はその産物の一つであるが、外的な産物として、そうした封建制度への不満を原動力とした宗教改革の機運が生まれてきた。十世紀から十一世紀のことだった。

 教義をいかに飾り立て、儀式をいかに厳かなものにし、法衣をいかにきらびやかなものに仕立てようと、霊性というものを忘れ、あるいは誤解している司教や神学者たちが目指していたとものは、聖ではなく俗、つまりは、いかにして人民から税金と財産を吸い上げるかということでしかなかった。

『ローマ帝国興亡史』 という大著を著した十八世紀の歴史家エドワード・ギボンによれば、キリスト教は、一方では忍耐と無気力の教えをうまく説き、他方では有能な人材を司教職修道院に引き入れつつ国家の中の国家を作り、帝国の旺盛な活力を吸い取ったという。

 また、十九世紀のフランスの歴史家エルネスト・ルナンの言葉によると、キリスト教はまさに〝吸血鬼〟のように古代社会の活力を吸い取り、無気力を呼び込んだ、という。しかし、私の観方を言わせていただけば、そもそも宗教というものは〝組織〟をもった時から堕落が始まるものなのである。

 日本でも大小さまざまな宗教が生まれては滅んでいっている。中には現代にまで残っているものもあるが、それは宗教という名前が引き継がれてきたというにすぎず、中身は次第に変わってきている。いずれの教祖も、最初は何らかの霊的能力をもち、イエスと同じ〝しるしと不思議〟をみせることで大勢の人の心を引きつけた。

その当初においては純粋に霊的なものに魂の目を開かされた者のみが帰依し、教祖も信者も宗教という名にふさわしい生活を心掛けていた。しかし、その後の〝発展〟の仕方に二つのパターンがあるように思う。

 
  一つは、その教祖みずからが慢心することから始まる。自分は途方もない大神ないしは高級霊の生まれ代わりであると思うようになる。信者たちにそう宣言し、信者たちもそう信じる。すると必ず野心が顔をのぞかせる。教祖さまにお目どおりするだけでも法外な金銭を取るようになる。

かつては一銭も取らず、慈悲心と奉仕的精神から病気治療を行っていたのが、今ではたとえ治らなくても大金を出させる。その段階ではすでに高級霊団から見放されているから、治るはずはないのである。

 ところが信者の真理とは妙なもので、いったん信じ切ると、法外な金をとられながら少しもよくならなくても、それを不審に思わなくなってしまう。莫大な金をかけて作り上げた金ぴかの祭壇や、教祖の厳かそうな衣装に目がくらんでいるからでもあろう。

 もう一つは、最後まで霊的自覚を失うことのなかった霊能者が他界したあとから始まるパターンである。それまでは帰依者による真心のこもった布施や喜捨によって賄われていた生活費が、その霊能者の他界と共に断たれることになる。

そのことに不安と危惧の念を抱いた家族や側近の者が、信者をつなぎとめておく手段を講じることを始める。〝しるしと不思議〟を見せる人はもういない。

そこでそれに代わる方策を考えださないといけない。そこから〝営業〟が始まるのである。その時点では、もはや霊性はカケラもなくなっている。

 この後者のパターンを途方もなくスケールの大きなものにしたのがキリスト教だったというのが私の見方である。イエスは奇跡的な病気治療をしても、金銭はいっさい取らなかった。生活費はそうして治してもらった人たちによる喜捨によって賄われていた。

うわさを聞いて生地ガリラヤはもとより、シリヤ、ガラテヤ、エルサレム、ユダ、ヨルダンの向こうからも、続々と群衆が集まってきた。その時、もしイエスが慢心を起こして自分が教祖さまにおさまり、大金をとっていれば、大堂伽藍をこしらえるのも容易だったはずである。

もしかしたら、そうやって〝ナザレ教〟でもこしらえていた方が、ローマ帝国の国教として歪められた形でのキリスト教となるよりは、世界人類にとって幸いだったかもしれないという見方も出来ないことはない。

 しかしそれは、イエスという地上人類として空前絶後の高級霊に対して、不謹慎な見方というべきであろう。およそそういう俗気とは縁のない人物だったからである。


 ・十字軍の暴虐  

 さて、話を戻して、ローマ・カトリック教という大組織となってしまった宗教的支配態勢に対する不満は、先ず南フランスから起きた。

 革新家たちはローマ教会の形骸化した儀式典礼を拒否した。イエスによる贖罪説、幼児の洗礼などの教理を否定した。教会堂は不要であり、祈るのに場所は問わない───教会堂であろうと酒場であろうと馬屋の中であろうとかまわない。神の教会は建造物の中ではなく信徒の交わりの中にある・・・・・・彼らはそう主張した。

十字架さえも、キリストを虐殺した道具であり、焼き捨てるべきだと主張した。そして教会維持税の納入を拒否するようになった。

 彼らは禁欲と使徒的清貧の手本を身をもって示しながら、熱心に福音を説いてまわった。それに共鳴する者の数も急速にふくれ上がり、その勢いは南フランスからドイツ、ボヘミヤ、北イタリア、スペインへと広がっていった。

 ローマ教会は、彼らを〝異端者〟と呼び、〝正統派〟のカトリック教に改宗させようとして、いくつかの手を打った。が、ことごとく失敗し、その勢力のものすごさに脅威さえ抱くようになった法王インノケンティウス三世は、〝改宗〟ではなく、〝異端討伐〟のための軍隊を結成した。以後、断続的に二十年にもわたって凄惨をきわめた思想弾圧のための戦いは、こうして始まった。歴史に有名な〝十字軍〟である。


 本稿を執筆するにあたって私は、この十字軍の歴史をいくつかの角度から読んでみた。その中で十字軍そのものを専門に扱ったものとして橋口倫介著 『十字軍』 が当然のことながら〝詳しい〟内容になっている。が、正直言って、ただの歴史の本、という印象を拭い切れないまま読み終えた。歴史家の書としてはそれでいいのであろう。

むしろ著者の個人的見解はさしはさむべきではないかも知れない。しかし、これほどまで残虐をきわめた、ただの暴徒と変わらない伝統的キリスト教徒の行為の数々を 「光輝ある足跡を歴史の上に残した」 と称賛しているのをみて私は、多分この著者はクリスチャンだろうと推察した。そこにやはり偏見がある。

 その点 『魔女狩り』 の森島恒雄氏は、異端審問が魔女裁判へと移行していった過程を捉えて、 「異端審問の歴史・制度。性格が、本質的にはすべて〝魔女裁判〟の中に集約されている、という重要なことに気付いた」 (あとがき) と述べている。

さらに同じ〝あとがき〟の終りで 『科学と宗教との闘争』 の著者 A・D・ホワイトのことに言及し、敬虔誠実なキリスト教徒だったホワイトが、科学は宗教の敵ではなくむしろ宗教を高めるものであり、科学の敵は宗教ではなく神学的ドグマであることを繰り返し強調している、と述べている。

 ここで、くどいようであるが改めて私の観点を述べさせていただくが、コンスタンチヌスがキリスト教を国教と定めて以来、〝神学者〟と称する霊的体験など何もない、したがって、〝しるしと不思議〟の意味がまるで理解できていない司教たちによって、〝三位一体〟とか〝贖罪〟といった教義が勝手にこしらえられていったことが、その後のキリスト教の政策を大きく誤らせ、暗黒時代を招くことになったのである。

 こしらえられたという事実は、そうした教説の採択をめぐって愚かしい論争が繰り返されていることからも明らかである。〝教皇不謬説〟などと言った実に都合のよい教説もこしらえている。その〝絶対に間違いを犯すことのない〟法王が、ガリレオを異端審問の末に獄中死させている。

そして、つい先般、その死から三百五十年もたってから、現法王ヨハネ・パウロ二世が、あれは間違いだったという〝公式の声明〟を勿体ぶって出している。何という硬直した世界であろうか。

 ほぼ二十年に及んだ十字軍による虐殺と掠奪の数々は、正常な良識をもつ人間の想像を絶するもので、まさに悪魔的だった。その具体例をあげることは、ここでは控える。むごすぎるからではない。これからまだまだ恐ろしい残虐行為が教会の手によって、しかも神の名において為されることになるからである。


 ・異端審問  

 二十年にも及んだ陥落と奪回の繰り返しの戦闘の末に、さしもの革新派は全滅した。ローマ教会による異端撲滅のための十字軍は一応その目的を達成した。が、その間の幾度もの教会の危機的状態の体験から、時の法王グレゴリウス九世は次のような異端者対策をまとめた。 『魔女狩り』 (森島恒雄著)から抜粋させていただく。


 《異端者を向こうにまわして神学論争をたたかわすに十分な学識をもち、しかも異端者に非難されることのない高潔な人格をそなえ、なによりも、異端の防止と撲滅に宗教的熱意を持つという、この三拍子そろった適格者を選び出し、それに強力にして広範な権限を与え、管轄上の地域的制約を受けることなくどこの司教をも支配下に置き、もっぱら異端撲滅だけに専念することのできるような、そういう 「専門的な」 異端撲滅の恒久的な組織をつくること、であった。

 残虐と不正と貪欲と欺瞞と衒学(ゲンガク)───あらゆる悪徳を駆使して、良心と思想の自由を圧しつぶし、幾万、幾十万、ことによると幾百万の人間を虐殺して、中世史に陰惨な影を投げる 「異端審問」 の制度は、この構想の実現であったのである。》



 ・魔女裁判(魔女狩り)

 十一、二世紀のキリスト教会にはもはや〝霊性〟といえるものはカケラも無くなっていた。それを何よりはっきりと証明しているのは、その時代を代表する大神学者トマス・アクィナスが大著 『神学大全』 の中で 「教会は異端者を死の危機から救う必要はない」 と述べていることである。この言葉の中に、アクィナスがどう弁明しようと許すことのできない、理性を失った悪魔性を見る思いがする。

 当時のキリスト教会は、邪悪性に快感を覚える病的精神状態に陥った低級霊集団のとりこになっていたと私は見る。〝異端狩り〟という当面の目標を達成した教会は、こんどは〝魔女〟という、わけの分からないものを粛清の口実として、政策上の〝邪魔者〟を片っぱしから処刑していった。魔女といっても女ばかりとは限らない。男性もいたのである。

 英語では witchで、英和辞典でもみな〝魔女〟〝女魔法使い〟〝鬼ばば〟等々、みな女性として訳出してある。これは明らかに間違いである。もしかしたらこの魔女狩りの歴史用語に影響されているのかも知れないが、といって〝霊媒〟や〝霊能者〟でもないので、私もここでは混乱を避ける意味で〝魔女〟という用語を用いることにする。

 さて、政略上の〝邪魔者〟として粛清した例としては、歴代法王の中でも最も残忍にして陰湿、野心と貪欲と偽善と迷信、その他ありとあらゆる悪徳の上に、当代髄一の〝神学的博識〟を備えていたというヨハネス二十二世が、法王選挙をめぐって自分と対立した側の者数名を、即位後まもなく 「悪魔の力をかりて未来を占い、人を病気にし、死亡させた」 と言い、魔女的行為を拷問によって自白させ、処刑したという。(『魔女狩り』)

 当時の有名な例としてはジャンヌ・ダルクの事件があるが、これは次の項で扱うことにして、その後、例によって天変地異や疫病の流行による社会不安心理が、そのすべてを魔女のせいにされるようになり、密告、うわさなどによって、まったく何の根拠もない、ごく普通の善男善女が片っぱしから逮捕され、裁判にかけられ、

拷問の末に処刑されるようになった。参考させていただいたもう一冊の 『魔女狩り』(浜林正人・井上正美共著)の〝序章〟冒頭を転載させていただく。


 《人類はときどき狂気におちいることがある。しかも集団的に───。いちばんひどい例は、戦争の時である。戦争はいったん始まってしまうと、際限なくエスカレートしてゆき、敵を殺すだけでなく、味方の中でも戦争に非協力なものを殺しはじめる。

殺し方もしだいに残忍になり、ふだんはふつうの市民として平和に暮らしている人々が、どうしてあんなにひどいことをしたのかと思うようなことを、平気でやってのける。日本軍の南京大虐殺がそうであったし、ナチスのユダヤ人虐殺がそうであった。

 しかし、戦争のとき以外にも、集団的狂気としか思えないような残虐行為がおこることがある。十六世紀から十七世紀にかけて、主として北西ヨーロッパで吹き荒れた 「魔女狩り」 の嵐は、その一つの典型例であろう。

罪もない老婆が魔女という疑いをかけられ、ロープでつるし上げられたり、爪をはがされる、まんりきで骨が砕けるまでしめつけられる。焼きゴテをあてられる、熱した鉄の靴をはかされ、ハンマーで足をたたき潰されるなど、

考えてみただけでもゾッとするような拷問を受け、あげくの果てには火あぶりになったり、四頭の馬に手足をそれぞれ一本づつしばりつけられて四つ裂きにされるというような極刑に処せられたのだった。こうして殺されていった魔女の数は総数は数万とも数十万に達するともいう。

 ふつうの人間の感覚でいえば、それは目をおおいたくなるような光景であった。人間のなかにはこういう残虐性がほんらいひそんでいるものなのであろうか。私はそうは考えたくない。しかしこれは疑うことを許さない歴史的事実なのである。したがってこの歴史的事実はそれとして解明されなければならない。

いったい人びとは何におびえて罪もない老婆をとらえ、死に追いやったのか。しかも、ルネッサンスと宗教改革という近代ヨーロッパの夜明けを告げる大きな思想運動がまさに高まりつつあった時代に、こういう暗黒の悲劇がくりひろげられたのはなぜなのか。どこで、どのようにして、魔女の血は流されたのか。

そしてこの惨劇に終止符をうつことができたのは、どういう力によるのか。こういう問題の解明は、やはり歴史家の仕事の一つであろう。人類の狂気をくり返させないためにも、歴史の暗黒面の解明を忘れてはならないのである。》



 ・ジャンヌ・ダルクの例  

 さきに私は〝魔女〟という用語のあいまいさを指摘したが、〝悪魔〟との関係は勝手な言いがかりであるとしても、逮捕され処刑された人々の中に霊的ないし霊媒的能力をそなえていた者が相当数いたであろうことは、想像に難くない。

〝オルレアンの少女〟こと、フランスのジャンヌ・ダルクは明らかに霊聴力を持っていた。

 イギリスとフランスによる百年戦争のさ中、十二才だったジャンヌは精霊がよく遊びに来るといわれる森の中で〝天使〟の声を聞いた。最初は、まわりに誰もいないのでびっくりしたが、そのうち同じ声が繰り返し聞こえるようになった。

その内容は、いま南部に逃げているシャルルこそ正統のフランスの王たる人物だ。

シャルルはきっとオルレアンを奪回することができる、ということだった。同じことが何度も聞こえるのでジャンヌはついにシャルルに直訴することを決意した。十六才の時だった。

 その少女が何者であるかが分からない司教たちは、訴えてきたジャンヌの取り調べに三週間を費やした。が、ついにその霊示を神の声と信じて、シャルルの軍隊の指揮を命じた。そして霊示どおりにオルレアンを奪回し、シャルルはシャルル七世として王位についた。

 ジャンヌ・ダルクは〝オルレアンの少女〟として大変な称賛をうけた。が、その帰途に悲劇が待っていた。シャルルの軍隊の中にイギリス軍と通じ合っていた連中がいて、ジャンヌを拉致して、イギリスへ王の人質として〝売った〟のである。

 無能なシャルル七世は、その後ジャンヌを救うための手段を講じることなく、成り行きまかせだった。英国軍はジャンヌ・ダルクは魔女だったと決めつけ、オルレアンの奪回に成功したのは〝妖術〟のせいであるという訴状のもとに異端審問にかけた。ジャンヌ十九才の娘ざかりだった。 (以上 The book of Knowledge から)

 当時の審問の内容がいかに支離滅裂なものであったかを知っていただくために、ジャンヌ・ダルクの場合の質問の幾つかを紹介してみよう。

  「大天使ミカエルには頭髪はあったか」
  「おまえはミカエルと聖カトリーヌに接吻したのか」
  「おふたりを抱擁したとき、暖かく感じたか」
  「お体のどの部分を抱いたのか、上の方か下の方か」

 こうした愚劣きわまる尋問が、十六回も開かれた審問で、次々と出されたのである。そしてついに〝妖術者〟〝迷信者〟〝悪魔の祈祷師〟等々の罪状によって火刑に処せられた。しかもその処刑の途中で、燃える薪束をかき分けて、衣類の焼け落ちたジャンヌの下半身を立会人の聖職者たちにさらしてみせたという。 (森島恒雄著 『魔女狩り』)



 ・霊性の封殺

 ここまで来ると、もはや評すべき言葉を知らない。しかし、こうした例が示すように、中世ヨーロッパの魔女狩りによって霊的能力をもった者が徹底的に根絶やしにされたのである。心霊治療家の M・H・テスターは Learning to Love (拙訳 『現代人の処方箋』 潮文社の中で次のように述べている)


 《私は、今日の地上世界が抱えるさまざまな問題の根本原因の一つに、キリスト教会がほぼ一千年にわたって霊的・思想的・科学的に成長を止められたことにあると確信している。

 〝暗黒時代〟と呼ばれているその期間に、キリスト教会はまるでマフィアのように、当時の人間の精神、想像力、霊的ならびに心霊的生活、そして物質文化の発達を徹底的に牛耳った。

 心霊能力を持つ者は片っぱしから火あぶりの刑に処せられたり拷問を受けたりした。かくして遺伝的要素の大きい心霊能力が事実上根絶やしにされてしまった。思想上でも、キリスト教の正式の教義以外はすべて禁じられた。

 科学は魔術と同類に扱われて、何でもかでも容赦なく否定された。西洋文明は完全にキリスト教会の鉄のごとき掌中に収められ、そして息の根を止められてしまった。

 その目的は何だったのか。それはほかでもない、その絶対的な締めつけの体制を脅かすことになりかねない教育、知識、権威、あるいは能力を持たせないようにすることにあったのである。

 かくして西洋世界は一千年にもわたって進歩と科学的研究と心霊的発達と霊的進化の機会を失ってしまったのである、他のいかなる原因にもまして、このキリストという宗教が、悲劇と戦争と死者と苦しみと不安と無知を生み出してきたのである。今こそ、それを認識すべき時期がきている。》



 ・スピリチュアリズムは〝霊性のルネッサンス〟  

 こうした語調でテスターはキリスト教の罪悪を徹底的に検証している。それは決して単なるアラ探しではない。

そうせずにはいられない心霊治療家としての深刻な理由があるのである。欧米のキリスト教国の患者を数多く治療してきた経験から、器質的なものにせよ心心身症的なものにせよ、その病的状態を誘発した根本的原因として、キリスト教的ドグマから生じる罪悪への恐怖心があるというのである。

良心の呵責とは本質的に異なるもので、罪でもないものを罪ではないかと思い込む、その不安と恐怖の積み重ねが精神を歪め、ひいては肉体までも冒してしまったケースが信じられないほど多いとテスター氏は言う。それほどまでにキリスト教神学は、西欧人の霊性を抑圧してきたということである。

 ここで念のために申し添えるが、テスターの診断をキリスト教団に限ったことと考えてはならない。それだけのことであれば私は敢えて課題として持ち出すことはしない。歴史に関心をお持ちの方ならば、こうしてみてきたローマ帝国とキリスト教との関わりの中で非人間的行為───迫害・抑圧・搾取・虐殺等々──は、スケールこそ違え、世界各民族において続けられてきたことをご存知であろう。そして今なお〝虐殺〟を報じるニュースが絶えない。

 また、第一次大戦は火薬というものを使用した最初の大量殺戮行為であり、第二次大戦ではそれに原子爆弾が加わって、わずか数年間で数百万人の人命を奪った。

しかも今日では各種の核兵器の量産によって、一瞬のうちに敵も味方ももろとに、否、敵でも味方でもない他の民族も巻き添えにして、地上人類という〝種〟を絶滅してしまう危険性すら抱える事態に至っている。

 実は、人類がいずれこうした事態に立ち至るであろうことは、地球神庁ではイエスの降誕以前から予測していた。

さらに私の大胆な推察をもう一度述べさせていただけば、イエスの地上への降誕は、地上世界の霊性回復の運動すなわちスピリチュアリズムの推進にそなえて、最高責任者としての霊力の強化という目的があったものと信じている。 『インペレーターの霊訓』 の中に次のような〝霊言〟がある。


 《苦難の時代が近づいております。いつの時代にも、真理が顔を出せば必ずそれを目の敵(カタキ)にする反抗勢力が結集するものです。平和が乱されることを嘆く者がいるのも無理からぬことですが、真実を虚偽との戦いの中に、神の真理の火花を打ち出す好機を見いだす才覚のある者には、混乱もまた喜ぶべき理由が無きにしもあらずなのです。

 戦争と激動を覚悟しなければなりません。苦難と混乱を覚悟しなければなりません。そしてまた、キリストの再臨を地上への再生と信じる者が引き起こすであろう抵抗も、大いに覚悟しなければなりません。今、〝キリスト的〟と呼ばれる時代が終焉を迎えております。

キリストは霊として、また霊力として地上へ戻り、人類の魂を解放するための新しい啓示をもたらしつつあります。

 それを受ける霊媒が背信あるいは不信心ではなかろうかと恐れることは、実は、これより良い種子が蒔かれていく休閑地のようなものです。迷信的教義によってがんじがらめにされた精神の方が、何の先入観もない精神よりはるかに有害です。信仰をもたない者が多いことを恐れることはありません。

新しい真理が注ぎ込まれるためには、先ず無垢な受容性がなければなりません。

 キリストの生涯には当時のエルサレム、キリストが涙を流して嘆かれたという都市だけではなく、現代の都会にも当てはまる予言めいた言葉があることに気づかれるでしょう。

ご自身が生きた時代だけでなく、皆さんの時代をも見通しておられたのです。エルサレムへの嘆きは、そのまま皆さんが運命を共にしている人々にも向けられてよいものです。今や金銭が神の座を占めております。まん延する贅沢と怠惰の中に、堕落の要因があります。

 どうか、これから始まる最後の闘争にそなえてください。それは善と悪との闘い、信仰心と猜疑心との闘い、〝法と秩序〟対〝無法と放縦〟の闘いです。キリストが予言した嘆かわしい不幸の時代となるでしょう。それが暗黒の勢力、つまり悪魔のしわざとされるでしょう。〝聖霊を汚す〟罪が横行することでしょう。

 そうした中にあって確固たる信念を失わずにいる者は幸いです。煩悩に負けて堕落していく者が多いのです。なかんずく、いったん霊的光明を見ながらそれを拒絶した者は、この地上においても、来たるべき霊の世界においても、救いはありません。

 今まさに、キリストの再臨の予言が現実となりつつあります。キリストは〝助け主が訪れる〟と述べておりますが、〝助け主〟とはキリストの霊による影響力のことです。それが今、現実に成就されつつあります。地上を去って至福の境涯へたどり着いた霊が、いまふたたび地上圏へと戻ってきて活躍しております。
 
その余波は最初は不協和音の増幅、邪霊集団による活発な反抗活動、既成権力の狼狽という形で現れます。霊力の流入は反抗勢力を活気づけ、また新しい真理の到来に必ず伴うところの頑迷と偏狭が、なりふりかまわずムキ出しにされます。

 われわれは今、二つの敵対勢力の真っ只中におります。片や光明より暗黒を好む邪霊集団であり、片や進歩的なものをすべて毛嫌いする地上の退嬰的人間です。人間界の日常の出来事がどのように霊によって支配されているかについての知識を世間一般に得心させることに、われわれはほぼ絶望的となっております。

その働きかけが五感に反応せず、また霊の動きが目に映じないために、そうした概念を捉えることができないのです。

 来るべき時代を担う世代が、外見からは理解出来ない方法でその働きかけを受けつつあります。地上各地に霊的影響力の中枢が形成されつつあります。他方、人間の霊性の衰退と邪霊集団のばっこが、われわれにとって悩みのタネを次々ともたらしております。

人間界において善なるものが進歩することに反抗的態度をつのらせている霊たちです。が、いずれは霊力のほとばしりが地上のすみずみまで浸透して、そうした勢力を内紛状態へと追いやり、受け入れ準備の整っている魂が渇望している真理のメッセージを届けることになるでしょう。

 真摯な魂による祈願は、神の霊力の豊かなほとばしりを求め、信仰厚き魂が真理のために結束してくれることを求めるものであらねばなりません。常に未来に目をやり、決して絶望してはなりません。敵対する勢力のすべてが結束しても、味方となってくれる神の勢力の方がはるかに大きいのです。》


 付記───本章で私が概説したキリスト教会による陰惨きわまる所業について疑念を抱かれる方、反論されたい方、あるいはもっと詳しく知りたい方は、私が本書を書き上げたあとに発表された 『教皇庁の闇の奥』 (遠藤利国訳──リブロポート) をひとまずお読みいただきたい。一〇〇〇ページになんなんとする大著で、実を言うと、私はまだ最後まで読み終えていない。分厚すぎるからではない───読みかけてはその陰惨さに嫌気がさして閉じてしまうのである。第三章 人類の狂気───異端審問と魔女裁判

  前章では、被征服国のユダヤ民族と、ユダヤ人霊覚者イエスの信奉者たちの集団を、ネロに始まる歴代の皇帝が迫害し続けた歴史をたどり、それがコンスタンチヌス大帝の時代に、一転してイエスをキリスト神の御子とする〝キリスト教〟がでっち上げられ、それがローマの国教とされるに至ったいきさつをのべた。

伝統的宗教というものを絶対視し、霊的真理の真実性に疑問を抱かない人、あるいは懐疑的になること自体が罪であると教えこまれている人は、こうしたコンスタンチヌスの行為を寛容精神の典型として賞賛こそすれ、西欧の暗黒時代の不吉な予兆と見なす意見には到底同意できないことであろう。

 しかし、本章が取り上げる異端審問と魔女裁判という、〝人類の狂気〟とも言うべき悪逆無道がほかならぬローマ・カトリック教とプロテスタント双方の聖職者によって行われたという歴史的事実を一切の偏見なしに直視すれば、それを生み出した数世紀間のキリスト教に不健全なものがあったと断ずるのが妥当ではなかろうか。それを私は二つの要素に分けて見てみたい。

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